2024年9月吉日

開会挨拶

第9回「辻井重男セキュリティ論文賞」WEB表彰式を開会いたします。

 辻井重男セキュリティ論文賞は、情報セキュリティ総合科学の発展に多大な貢献をして大きな足跡を残してこられた辻井重男先生から「将来の情報セキュリティ人材育成の為に」との熱い想いと共にいただいたご寄付を原資に、情報セキュリティ関連の団体の協力を仰ぎ、学生に限らず広く若手の研究者や実務家の、情報セキュリティの技術とマネジメントに係わる優れた論文を募り表彰するものです。2008年から7年間の学生論文賞を経て、2015年に現在の論文賞に衣替えをして、今回で第9回となりました。この間、多くの方々にご議論いただいた上でこの賞の運営に多大なご協力をいただきましたこと、あらためて御礼申し上げます。
 今回の論文募集では、意欲的な10件の応募(内訳:学術研究論文8件、実務課題論文2件)をいただきました。審査は14名の審査委員により1次審査と2次審査に分けて行われ、慎重かつ厳正なる審査の結果、辻井重男セキュリティ論文賞「大賞」1件、同「特別賞」3件、同「優秀賞」2件を選出いたしました。 これより上記6件の表彰式(応募時の情報にて記載)を執り行います。

松浦会長
辻井賞運営委員会委員長
日本セキュリティ・マネジメント学会会長
松浦 幹太

辻井先生のお言葉

辻井先生
辻井 重雄

 論文賞を受賞された皆様、本当におめでとうございます。また、ご応募頂いた皆様、有難うございました。連日のように、DX(デジタルトランスフォーメーション)やメタバースが話題になっていますが、サイバーセキュリティはその基盤です。自由の拡大と共に様々な矛盾が増大するのは歴史の法則ですが、コロナ騒動の中で、働き方の自由度等が増す一方、公共的安全性と個人の権利・プライバシーとの相克などが深刻な課題になっています。セキュリティ分野は、技術、法制度、倫理・行動規範などから成り立っていますが、セキュリティ・マネジメントは、これらを総合的に統括して、利便性・効率性の向上、公共性・安全性、そして個人の権利という、互いに矛盾相克し勝ちな3つの価値を同時に高めること、即ち、三止揚を図るという、大変難しく、また、やり甲斐のある大事な使命を持っています。会員の皆様のご健勝とご活躍を切に願っております。

辻井先生、ありがとうございました。

大賞

それでは表彰に移ります。
最初に「大賞」の表彰です。表彰状に賞金10万円を添えて贈呈いたします。

第9回辻井賞 大賞には、NTT社会情報研究所市川 敦謙さんが選ばれました。
論文題目は、「3-Party Secure Computation for RAMs: Optimal and Concretely Efficient」で、Ilan Komargodskiさん、濱田 浩気さん、菊池 亮さん、五十嵐 大さんとの共同執筆です。
市川さん、大賞受賞おめでとうございます!

市川さん
市川 敦謙さん

【受賞コメント】
この度は辻井重男セキュリティ論文賞大賞の栄誉に与ることができ、大変光栄に存じます。本論文は秘密計算上の安全なデータ検索を可能とするDistributed Oblivious RAM について、理論・実効率とも優れた新規手法を提案しており、秘密計算の高速化や安全性・効率性とも優れたストレージサービスなど様々な応用が可能です。本受賞を励みに、今後も安全なデータ活用社会の実現に向け研究開発を続けてゆく所存です。最後に、共著者の皆様および本研究に携わった皆様へ深くお礼申し上げます。

【審査講評】
 本論文では、コンピュータが使用するRAM(Random Access Memory)を記録情報やアクセス情報を秘匿しつつ利用できるOblivious RAM (ORAM)に関して、従来よりも優れた手法を提案している。提案手法は、3パーティのsemi-honest分散計算モデルにおいて、サイズNの論理メモリと各論理演算のORAMを漸近的に最適となるO(log N)のローカル計算ステップで実現した。具体的には、従来手法よりも25倍以上高速であることが示されている。また、より厳しい安全性モデルであるactive securityを満たす手法も提案している。近年データを秘匿しつつ各種計算が可能な秘密計算技術が注目されているが、通常の計算と比べ処理時間の著しい増加が実用上の課題となっており、ORAMと効果的に組み合わせることで実用範囲での秘密計算による処理の拡大が期待される。以上のことから、本論文は、辻井重男セキュリティ論文賞受賞にふさわしい。

特別賞

「特別賞」は3名です。表彰状に賞金2万円を添えて贈呈いたします。

1人目は、三菱電機株式会社中井 綱人さんです。
論文題目は、「SEDMA: Self-Distillation with Model Aggregation for Membership Privacy」で、Ye Wangさん、吉田 康太さん、藤野 毅さんとの共同執筆です。
中井さん、特別賞受賞おめでとうございます!

中井 綱人さん

【受賞コメント】
この度はこのような栄誉ある賞をいただき、大変嬉しく思います。審査委員会の皆様、共著者、関係各位に深く感謝申し上げます。本論文では、AIモデルの学習データに被害者のデータを利用しているかどうかを識別するメンバーシップ推論攻撃に対して、そのリスクを低減する手法を提案しました。この成果は、様々なAIモデルのプライバシー保護に貢献できると考えております。今後もAI技術が産業に活用される中で、そのセキュリティ・プライバシーに関する課題を研究し、安心・安全なAI技術の活用とその促進に貢献したいと思います。

【審査講評】
 本論文は、AIセキュリティ&プライバシーの研究分野において近年大きな技術課題と認識されているメンバーシップ推論攻撃(MIA)に対して、従来よりも優れたMIA防御手法SEDMAを提案している。MIAは機械学習モデルの訓練に使う個人のデータを訓練済みモデルから不正に取得する攻撃の一種であり、プライバシーの問題から実用上も対策は不可欠と言える。SEDMAは、分割した学習データ毎にモデルを訓練し、それらを効果的に集約することで、安全性、モデルの精度、計算コストのバランスに優れた手法を実現しており、今後の実用化が期待される。また様々なデータ、既存手法、評価項目で実験を行い、SEDMAの優位性を実証している点も高く評価できる。以上のことから、本論文は、辻井重男セキュリティ論文賞受賞にふさわしい。


2人目は、東京大学大学院田口 廉さんです。
論文題目は、「On the Untapped Potential of the Quantum FLT-based Inversion」で、高安 敦さんとの共同執筆です。
田口さん、特別賞受賞おめでとうございます!

田口 廉さん

【受賞コメント】
この度は大変栄誉ある賞をいただき、誠にありがとうございます。
本論文は、既存の量子FLT逆元計算アルゴリズムの量子ビット数を大幅に削減し、バイナリECDLPを解くShorのアルゴリズムの量子リソースを正確に見積もったものになります。私はすでに就職し、研究を離れた身ではありますが、本研究が耐量子計算機暗号への移行活動に良い影響を与えることができればと思います。

【審査講評】
 本論文は、バイナリ楕円曲線上の離散対数問題を解くShorのアルゴリズムのリソース削減に成功している。量子計算機に対する現代暗号の安全性評価は、耐量子計算機暗号への移行を考える上で重要であり、この研究の貢献は大きい。著者らが提案したFLTベースの逆元計算を用いた方式を改良することにより、量子ビット数の削減を実現している。提案回路は、GCDベースの逆元計算に基づく方式よりも量子ビット数は若干多いものの、Toffoliゲートの個数や深さが少ないという望ましい特徴を持つ。そのため、提案した量子回路はShorのアルゴリズムの実装における有力な候補となる。以上のことから、本論文は、辻井重男セキュリティ論文特別賞にふさわしい。


3人目は、株式会社日立製作所笹 晋也さんです。
論文題目は、「自動車におけるログ分析フレームワークの提案」で、井手口 恒太さん、山口 隆さんとの共同執筆です。
笹さん、特別賞受賞おめでとうございます!

笹 晋也さん

【受賞コメント】
この度はこのような栄誉ある賞を頂戴し、誠に光栄に思います。共著者や審査委員会の皆様に深く感謝申し上げます。本論文は、車載システムのモデルと攻撃関連イベントのテンプレートをもとに、自動車へのサイバー攻撃の発生時に分析すべきログを特定するフレームワークを提案するものです。本受賞を励みに、今後も研究活動に邁進し、安全な社会の実現に貢献していきたいと思います。

【審査講評】
 セキュリティ人材不足や人材の経験不足によるログ分析結果のばらつきは、多くの業界に共通する問題である。このような問題の改善策として、著者らはログ分析のフレームワークに注目し、自動車を例としたフレームワークを設計・評価した。このフレームワークは論文内で詳細に説明され、利用希望者の期待に応えるものと推察された。本論文は自動車以外の業界も含め、実社会に大きく貢献し得るものであり、辻井賞受賞論文にふさわしいと判断された。

優秀賞

「優秀賞」は2名です。受賞者には表彰状が贈呈されます。

1人目は、筑波大学陳 浩太さんです。
論文題目は、「A Sealed-bid Auction with Fund Binding: Preventing Maximum Bidding Price Leakage」で、江村 恵太さん、佐藤 慎悟さん、面 和成さんとの共同執筆です。
陳さん、優秀賞受賞おめでとうございます!

陳 浩太さん

【受賞コメント】
この度は栄誉ある賞を頂き、誠に光栄に思います。共著者や審査委員会の皆様に深く感謝申し上げます。本論文では、ブロックチェーンを用いて入札額の上限漏洩を防止する資金拘束型封印入札オークションの提案と実装評価を行いました。Ethereum 上で通常の送金と提案手法の入札とが区別できないことに着目し、既存手法における問題を解決したものです。本受賞を研究活動の励みとして精進していきたいと思います。

【審査講評】
 TLS通信で取得したデータの正当性を第3者に証明可能なプロトコルであるDECOを用いて、入札額相当の資金が存在することをスマートコントラクトに対して証明するアイデアは非常に斬新である。本手法はEthereum以外のブロックチェーンで利用できないという大きな制約があるが、オークションでの落札時に資金が強制的に引き出される機能を十分に実装可能な方式が提案されておりその有用性は高く評価される。以上の理由から辻井重男セキュリティ論文賞にふさわしい内容であると判断した。


2人目は、横浜国立大学知久 奏斗さんです。
論文題目は、「Identity-based Matchmaking Encryption Secure against Key Generation Center」で、原 啓祐さん、四方 順司さんとの共同執筆です。
知久さん、優秀賞受賞おめでとうございます!

知久 奏斗さん

【受賞コメント】
この度は、栄誉ある賞をいただき、大変光栄に思います。共著者や審査委員会の皆様に深く御礼申し上げます。本研究では送信者と受信者が相互にIDを指定できるIDベースマッチメイキング暗号(IB-ME)における鍵エスクロー問題に対して、鍵生成センターに対して安全な認証ID付きブラインドIB-MEを定式化し、双線形写像群において安全な構成を示しました。これはIB-MEの安全性強化と社会実装に向けて貢献するものと考えています。本受賞を励みに、今後とも研究活動に精進してまいりたいと思います。

【審査講評】
 IDベース暗号方式の安全性に関する重要な問題である鍵供託問題を解決するための新たな手法を提案し、IDベースマッチメーキング暗号という新しい暗号方式に応用した論文である。鍵供託問題を解決するための新たなモデルを提案し、その具体的な構成と実装を提示している点を評価した。本論文は、異なる組織に属するユーザー間での安全な通信の実現に貢献する重要な成果であり、今後の応用が期待できる。

受賞者の皆様、あらためておめでとうございます。今後のご活躍を期待いたします。
これにて、第9回「辻井重男セキュリティ論文賞」WEB表彰式を終了いたします。

第9回「辻井重男セキュリティ論文賞」委員一覧 ※アイウエオ順、敬称略

運営委員会
委員長:松浦 幹太(東京大学)
委 員:有⽥ 正剛(情報セキュリティ大学院大学)、伊⾖ 哲也(富⼠通)、稲葉 緑(情報セキュリティ大学院大学)、⾦岡 晃(東邦⼤学)、唐沢 勇輔(Japan Digital Design)、國廣 昇(筑波⼤学)、須賀 祐治(インターネットイニシアティブ)、千⽥ 浩司(群⾺⼤学)、⻄垣 正勝(静岡⼤学)、平⼭ 敏弘(情報経営イノベーション専⾨職⼤学)、山本 匠(三菱電機)

審査委員会
委員長:山本 匠(三菱電機)
委 員:有⽥ 正剛(情報セキュリティ大学院大学)、伊⾖ 哲也(富⼠通)、稲葉 緑(情報セキュリティ大学院大学)、⾦岡 晃(東邦⼤学)、唐沢 勇輔(Japan Digital Design)、國廣 昇(筑波⼤学)、斎藤 泰⼀(東京電機⼤学)、須賀 祐治(インターネットイニシアティブ)、千⽥ 浩司(群⾺⼤学)、⼟井 洋(情報セキュリティ大学院大学)、⻄垣 正勝(静岡⼤学)、平⼭ 敏弘(情報経営イノベーション専⾨職⼤学)、藤⽥ 亮(中央⼤学研究開発機構)、吉浦 裕 (電気通信⼤学)

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