2023年9月 吉日

開会挨拶

        辻井賞運営委員会委員長、日本セキュリティ・マネジメント学会会長 松浦 幹太

第8回「辻井重男セキュリティ論文賞」Web表彰式を開会いたします。

 辻井重男セキュリティ論文賞は、情報セキュリティ総合科学の発展に多大な貢献をして大きな足跡を残してこられた辻井重男先生から「将来の情報セキュリティ人材育成の為に」との熱い想いと共にいただいたご寄付を原資に、情報セキュリティ関連の団体の協力を仰ぎ、学生に限らず広く若手の研究者や実務家の、情報セキュリティの技術とマネジメントに係わる優れた論文を募り表彰するものです。2008年から7年間の学生論文賞を経て、2015年に現在の論文賞に衣替えをして、今回で第8回となりました。この間、多くの方々にこの賞の運営に多大なご協力をいただきましたこと、あらためて御礼申し上げます。今回の論文募集では、意欲的な10件の応募(内訳:学術研究論文7件、実務課題論文3件)をいただきました。審査は14名の審査委員により1次審査と2次審査に分けて行われ、慎重かつ厳正なる審査の結果、辻井重男セキュリティ論文賞「大賞」1件、同「特別賞」3件、同「優秀賞」2件を選出いたしました。
 これより上記6件の表彰式(応募時の情報にて記載)を執り行います。    

辻井先生のお言葉

                              辻井 重男先生

 論文賞を受賞された皆様、本当におめでとうございます。また、ご応募頂いた皆様、有難うございました。連日のように、DX(デジタルトランスフォーメーション)やメタバースが話題になっていますが、サイバーセキュリティはその基盤です。自由の拡大と共に様々な矛盾が増大するのは歴史の法則ですが、コロナ騒動の中で、働き方の自由度等が増す一方、公共的安全性と個人の権利・プライバシーとの相克などが深刻な課題になっています。セキュリティ分野は、技術、法制度、倫理・行動規範などから成り立っていますが、セキュリティ・マネジメントは、これらを総合的に統括して、利便性・効率性の向上、公共性・安全性、そして個人の権利という、互いに矛盾相克し勝ちな3つの価値を同時に高めること、即ち、三止揚を図るという、大変難しく、また、やり甲斐のある大事な使命を持っています。会員の皆様のご健勝とご活躍を切に願っております。

辻井先生、ありがとうございました。 

    大 賞                

それでは表彰に移ります。
最初に「大賞」の表彰です。表彰状に賞金10万円を添えて贈呈いたします。

第8回辻井賞 大賞には、産業技術総合研究所の橋本啓太郎さんが選ばれました。

 論文題目は、「How to Hide MetaData in MLS-Like Secure Group Messaging: Simple, Modular, and Post-Quantum 」で、勝又 秀一さん、Thomas Prestさんとの共同執筆です。橋本さん、大賞受賞おめでとうございます!

橋本 啓太郎さん

(受賞コメント)
 この度は辻井重男セキュリティ論文賞大賞の栄誉に与ることができ大変光栄に存じます。本論文では、IETFにて標準化されたセキュアメッセージングプロトコル(MLS)を、メタデータの秘匿性も達成する方式へと効率的に変換する手法を提案しました。本成果により、会話内容に加えて通信相手も第三者に知られることなく通信することができます。
 今後も、セキュアな社会の実現に向けて、暗号技術を通して貢献できるよう研究開発を進めていく所存です。

 最後に、共著者の皆様やご関係の皆様に深くお礼申し上げます。

(審査講評)
 現在、グループメッセージングは多くの人々に様々な目的で利用されている。近年、安全なグループメッセージングを実現するための重要な要素技術として、Continuous Group Key Agreement (CGKA)が注目されている。本論文では、任意のCGKAを送信者名や利用者のアクセス履歴等のメタデータを秘匿するCGKAへ変換する一般的手法が提案されている。さらに、メタデータを秘匿するCGKAの安全性要件が定義され、提案手法により得られた方式の安全性が証明されている。提案手法は標準的な署名方式を用いる簡素な方式であることから、実用性が高くインパクトも大きい。論文の構成も優れており、提案手法および安全性証明について詳細に述べられている。

    特別賞                

「特別賞」は3名です。表彰状に賞金2万円を添えて贈呈いたします。

最初の方は、電気通信大学/情報通信研究機構の淺野 京一さんです。

 論文題目は、「A Generic Construction of CCA-Secure Attribute-Based Encryption with Equality Test」で、共同執筆者は江村 恵太さん、高安 敦さん、渡邉 洋平さんです。淺野さん、特別賞おめでとうございます!

淺野 京一さん


(受賞コメント)
 この度は名誉ある賞を頂戴し、大変光栄に思います。共著者の皆さまや審査委員会の皆様に深く感謝致します。本論文では、検索可能暗号等への応用が可能な、平文一致確認可能属性ベース暗号の一般的構成法を提案することで、これまで達成できなかった重要な性質を持つ方式を得られました。本受賞を励みに、今後も研究活動に邁進していきたいと思います。

(審査講評)
 属性ベース暗号とは、暗号文を復号できるか否かのアクセスコントロールを属性ベースで行える暗号である。本論文は、CPA安全な階層型属性ベース暗号からCCA安全な等価性検証つき属性ベース暗号を構成する一般的な手法を示している。等価性検証つき属性ベース暗号とは、 トラップドアを用いれば2つの暗号文が同一の平文を暗号化しているかどうか検証できる属性ベース暗号をいう。さらに本論文は、上記の構成法を、既知の様々な属性ベース暗号に適用することで、従来知られていなかった、様々な良い特性をもつ、一連のCCA安全な等価性検証つき属性ベース暗号を構成できることを示している。本論文は、応用上重要な等価性検証つき属性ベース暗号を構成するうえで、理論的な視界を広げ様々な実現方法を導く意義深いものであり、辻井賞特別賞にふさわしい。


2番目の方は、東洋大学の桑野 昌輝さんです。

 論文題目は、「ATT&CK Behavior Forecasting based on Collaborative Filtering and Graph Databases」で、大熊 百馨さん、岡田 怜士さん、満永 拓邦さんとの共同執筆となっています。桑野さん、特別賞おめでとうございます!

桑野 昌輝さん

(受賞コメント) 
 この度はこのような栄誉ある賞に選出していただき、誠にありがとうございます。共著者と審査委員会の皆様に深く感謝申し上げます。本論文は、サイバーセキュリティフレームワークであるMITRE ATT&CKと協調フィルタリングを組みわせることで攻撃検知時に過去のサイバー攻撃の類似度をもとに、次に来る攻撃を予測する手法を提案したものです。
 今後とも、情報セキュリティの発展に貢献できるような活動に邁進していきたいと思います。

(審査講評)
 本論文は、MITRE ATT&CKを用いた新たな攻撃検知手法を提案している。ECサイトなどのレコメンデーションに使用される協調フィルタリングの仕組みを適用し、MITRE ATT&CKに蓄積されている過去のサイバー攻撃との類似度を算出することによって、攻撃検知と同時に次に来る攻撃を予測する。これまでMITRE ATT&CKは、一連の攻撃について「現在どのような攻撃が行われているのか」を表現するために活用されることが多かった。本論文は、確認されたサイバー攻撃をもとに「次にどのような攻撃が行われるのか」を予測することを可能にしている。アルゴリズムや検出精度などに関して更なる改善の余地は残るものの、実務課題の解決につながるその内容は辻井重男セキュリティ論文賞特別賞にふさわしい内容である。


3番目の方は、東京工業大学 盧 儀さんです。

 論文題目は、「Efficient Two-Party Exponentiation from Quotient Transfer」で、共同執筆者は原 啓祐さん、大原 一真さん、Jacob Schuldtさん、田中 圭介さんです。盧さん、特別賞おめでとうございます!

盧  儀さん

(受賞コメント)
 この度はこのような栄誉ある賞に選出していただき、大変光栄に思います。共著者の皆様や審査委員会の皆様に深くお礼申し上げます。本研究では、機械学習等で多用される指数計算を対象とした新たな二者間秘密計算プロトコルの提案を行いました。提案プロトコルは、加法型秘密分散法に基づく新たな構成方法に着目して得られており、従来のプロトコルと比べて最も効率が良い構成となっています。

(審査講評)
 マルチパーティ計算は、データの値を明かすことなく計算結果を求めることを可能にする技術であるため、AI時代のプライバシー保護技術として注目されている。本論文は加法型秘密分散に基づく安全なマルチパーティ計算法を提案しているが、提案手法は機械学習やブロックチェーンで多用される指数計算を対象とし、理論だけでなく実社会への貢献にも大きく期待できることから、辻井賞受賞論文にふさわしいと判断する。

優秀賞                

優秀賞」は2名です 受賞者には表彰状が贈呈されます。

       

最初の方は、東京大学の田口 廉さんです。

 論文題目は、「Concrete Quantum Cryptanalysis of Binary Elliptic Curves via Addition Chain」で、高安 敦さんとの共同執筆です。田口さん、優秀賞おめでとうございます!

田口 廉さん

(受賞コメント)
 この度は、このような栄誉ある賞を頂き誠に光栄に思います。本論文は、既存の量子逆元計算アルゴリズムを純粋に改良し、バイナリECDLPを解くShorのアルゴリズムに必要な量子リソースをより正確に見積もったものになります。昨今の耐量子計算機暗号への移行活動に、本研究が少しでも貢献できればと考えております。また、本受賞を励みに、今後の研究に臨んでいきたいと思います。

(審査講評)
 耐量子計算機暗号への移行時期を見積もるために、Shorの量子アルゴリズムを実行するためのリソースの評価や削減は重要な研究課題である。本論文では、バイナリ楕円曲線上の離散対数問題において支配的である有限体上の量子逆元計算アルゴリズムの改良法を提案している。提案法は、先行研究であるPutrantoら、およびBanegasらのアルゴリズムとは異なり、Addition Chain の性質を利用していることに特徴がある。更に、NISTが推奨する曲線について提案法と先行研究との比較を行い、提案法がリソースの削減を達成したことを示している。以上のことから、本論文は、辻井重男セキュリティ論文賞優秀賞にふさわしい。


2人目は、横浜国立大学の佐藤 慎悟さんです。

 論文題目は、「Keyed-Fully Homomorphic Encryption without Indistinguishability Obfuscation」で、共同執筆者は、江村 恵太さん、高安 敦さんです。佐藤さん、優秀賞おめでとうございます!

佐藤 慎悟さん

(受賞コメント)
 この度は栄誉ある賞をいただき、大変光栄に思います。共著者や審査委員会の皆様に深く感謝申し上げます。本研究では、限られたユーザーに準同型演算を許可することで安全性を高める鍵付き完全準同型暗号において、標準的な暗号要素からの一般的な構成を提案しました。これは完全準同型暗号による暗号化状態処理の安全性強化と実用化に向けて貢献するものと考えています。本受賞を励みに、今後とも研究活動に精進していきたいと思います。

(審査講評)
 本論文は、暗号文に対する準同型演算の際に秘密鍵が必要となる、鍵付き完全準同型暗号の一般的な構成を示している。鍵付き完全準同型暗号が、公開鍵暗号におけるCCA2安全性と同様な安全性(KH-CCA安全性)を達成するために、CCA1安全な完全準同型暗号と、いくつかの性質を持った非対話ゼロ知識証明であるstrong DSS-NIZKを用いた方式構成が示されている。この構成を用いたKH-CCA安全な鍵付き完全準同型暗号は、既存の方式から構成可能であり、安全かつ実用的な暗号化状態処理に向けた基礎研究における一つの重要な理論的な結果と位置づけられる。以上のことから、本論文は、辻井重男セキュリティ論文賞優秀賞にふさわしい。


受賞者の皆さま、あらためておめでとうございます。今後のご活躍を期待いたします。
これにて第8回「辻井重男セキュリティ論文賞」Web表彰式を
終了いたします。

第8回「辻井重男セキュリティ論文賞」委員一覧 ※アイウエオ順、敬称略

運営委員会
委員長:松浦幹太(東京大学)
委 員:有田正剛情報セキュリティ大学院大学)、 伊豆哲也(富士通)、稲葉 緑(情報セキュリティ大学院大学)、岩村惠市(東京理科大学)、唐沢勇輔(Japan Digital Design)、澤谷雪子(KDDI総合研究所)、須賀祐治(インターネットイニシアティブ)、西垣正勝(静岡大学)、平山敏弘(情報経営イノベーション専門職大学)、廣瀬勝一(福井大学)、山本 匠(三菱電機)
審査委員会
委員長:稲葉 緑(情報セキュリティ大学院大学)
委 員:有田正剛情報セキュリティ大学院大学)、Ahmad Akmal Aminuddin (東京理科大学)、伊豆哲也(富士通)、唐沢勇輔(Japan Digital Design)、澤谷雪子(KDDI総合研究所)、須賀祐治(インターネットイニシアティブ)、土井 洋(情報セキュリティ大学院大学)、西垣正勝(静岡大学)、平山敏弘(情報経営イノベーション専門職大学)、廣瀬勝一(福井大学)、藤田 亮(中央大学研究開発機構/光電製作所)、村上恭通(大阪電気通信大学)、吉浦 裕(京都橘大学)