2025年12月吉日

開会挨拶

第10回「辻井重男セキュリティ論文賞」WEB表彰式を開会いたします。

 辻井重男セキュリティ論文賞は、情報セキュリティ総合科学の発展に多大な貢献をして大きな足跡を残してこられた辻井重男先生から「将来の情報セキュリティ人材育成の為に」との熱い想いと共にいただいたご寄付を原資に、情報セキュリティ関連の団体の協力を仰ぎ、学生に限らず広く若手の研究者や実務家の、情報セキュリティの技術とマネジメントに係わる優れた論文を募り表彰するものです。2008年から7年間の学生論文賞を経て、2015年に現在の論文賞に衣替えをして、今回で第10回となりました。この間、多くの方々にご議論いただいた上でこの賞の運営に多大なご協力をいただきましたこと、あらためて御礼申し上げます。
 今回の論文募集では、意欲的な16件の応募(内訳:学術研究論文15件、実務課題論文1件)をいただきました。審査は14名の審査委員により1次審査と2次審査に分けて行われ、慎重かつ厳正なる審査の結果、辻井重男セキュリティ論文賞「大賞」1件、同「特別賞」3件、同「優秀賞」2件を選出いたしました。
 これより上記6件の表彰式(応募時の情報にて記載)を執り行います。

松浦会長
辻井賞運営委員会委員長
日本セキュリティ・マネジメント学会会長
松浦 幹太

辻井先生のお言葉

辻井先生
辻井 重雄 先生

 論文賞を受賞された皆様、本当におめでとうございます。また、ご応募頂いた皆様、有難うございました。連日のように、DX(デジタルトランスフォーメーション)やメタバースが話題になっていますが、サイバーセキュリティはその基盤です。自由の拡大と共に様々な矛盾が増大するのは歴史の法則ですが、コロナ騒動の中で、働き方の自由度等が増す一方、公共的安全性と個人の権利・プライバシーとの相克などが深刻な課題になっています。セキュリティ分野は、技術、法制度、倫理・行動規範などから成り立っていますが、セキュリティ・マネジメントは、これらを総合的に統括して、利便性・効率性の向上、公共性・安全性、そして個人の権利という、互いに矛盾相克し勝ちな3つの価値を同時に高めること、即ち、三止揚を図るという、大変難しく、また、やり甲斐のある大事な使命を持っています。会員の皆様のご健勝とご活躍を切に願っております。

辻井先生、ありがとうございました。

大賞

それでは表彰に移ります。
最初に「大賞」の表彰です。表彰状に賞金10万円を添えて贈呈いたします。

第10回辻井賞 大賞には、PQShield/産業技術総合研究所竹牟禮 薫さんが選ばれました。
論文題目は、「Two-Round Threshold Signature from Algebraic One-More Learning with Errors」で、勝又 秀一さん(PQShield/産業技術総合研究所)、Thomas Espitauさん(PQShield)との共同執筆です。
竹牟禮さん、大賞受賞おめでとうございます!

竹牟禮 薫 さん
竹牟禮 薫 さん

【受賞コメント】
この度はこのような栄誉ある賞を賜り、誠に光栄に存じます。
本研究では、署名プロトコルが2ラウンドの耐量子安全な格子ベース閾値署名方式を構成し、安全性を本研究で新たに導入した代数的One-More MLWE問題の下で証明しました。また、この新しい問題の困難性を裏付けるために理論的かつ実践的な解析も提供しています。本受賞を大きな励みとし、今後も暗号技術の発展に邁進する所存です。
最後に、共著者ならびみ審査委員会の皆様に心より感謝申し上げます。

第10回辻井賞表彰状-竹牟禮様

【審査講評】
本論文は、新たな閾値署名技術を提案しており、提案方式は極めて高い効率性を備えている。閾値署名は、暗号資産における安全な鍵管理技術として注目されており、NIST(米国国立標準技術研究所)でもマルチパーティ閾値方式の一種として公募対象となっている。本方式は通信ラウンド数が2回のみであり、格子問題に基づく構成である。従来の同様の方式と異なり、完全準同型暗号などの処理コストの高い要素技術を必要としないため、非常に高い効率性を実現している。たとえば、閾値が1024の場合であっても署名サイズは約11KB程度であり、また、第1ラウンドはメッセージや署名者集合に依存せずに実行可能であるため事前処理が可能となっている。以上の点から、本論文は辻井重男セキュリティ論文賞の受賞にふさわしい内容である。

特別賞

「特別賞」は3名です。表彰状に賞金2万円を添えて贈呈いたします。

1人目は、産業技術総合研究所橋本 啓太郎さんです。
論文題目は、「Bundled Authenticated Key Exchange: A Concrete Treatment of (Post-Quantum) Signal’s Handshake Protocol」で、勝又 秀一さん(PQShield/産業技術総合研究所)、Thom Wiggersさん(PQShield)との共同執筆です。
橋本さん、特別賞受賞おめでとうございます!

橋本 啓太郎 さん
橋本 啓太郎 さん

【受賞コメント】
この度は名誉ある辻井重男セキュリティ論文賞特別賞を頂戴し、大変光栄に存じます。共著者の皆様やご関係の皆様に深くお礼申し上げます。
本論文では、全世界的に用いられているSignalアプリ内の鍵交換プロトコルを適切にモデル化し、最近Signalに実装されたPQXDHプロトコルのセキュリティ証明を行いました。また、Signalアプリの耐量子計算機安全性を強化する新しい鍵交換プロトコルを提案しています。
今後も、セキュアな社会の実現に暗号技術の研究開発を通じて貢献できるよう日々精進してまいります。

第10回辻井賞表彰状-橋本様

【審査講評】
本論文では、Signalプロトコルの厳密な安全性を分析可能とする枠組みを導入し、既存方式の安全性分析のほか、最適な安全性を提供可能な新たな方式の提案を行っている。高い秘匿性を提供可能なメッセージアプリの要素技術としてSignalプロトコルは注目を集めているが、その具体的な安全性はこれまで厳密な解析がなされていなかった。本論文において新たに導入された安全性評価の枠組みにより、従来手法が最適の安全性を持たないことが示され、また、最適な安全性をもつ方式の提案までなされたことは高く評価できる。以上のことから、本論文は、辻井重男セキュリティ論文賞受賞にふさわしい。


2人目は、神戸大学榎本 秀平さんです。
論文題目は、「Early mitigation of CPU-optimized ransomware using monitoring encryption instructions」で、葛野 弘樹さん(神戸大学)、山田 浩史さん(東京農工大学)、白石 善明さん(神戸大学)、森井 昌克さん(神戸大学)との共同執筆です。
榎本さん、特別賞受賞おめでとうございます!

榎本 秀平 さん
榎本 秀平 さん

【受賞コメント】
この度は、特別賞を賜り、誠に光栄に存じます。
本論文では、高速なファイル暗号化手法を備えたランサムウェアに対する緩和機構を、オペレーティングシステムの観点から設計・実装し、実検体を用いた評価結果を報告いたしました。新たなランサムウェアの脅威像と有効な対策を提示する本成果は、マルウェア研究の発展に資するものと考えております。
本賞を励みに、今後も研究に取り組んでまいります。

第10回辻井賞表彰状-榎本様

【審査講評】
本論文は、高速なファイル暗号化を行うCPU最適化型ランサムウェアに対し、従来の対策では困難だった早期検出・阻止を可能にする新手法「CryptoSniffer」を提案している。特に、ランサムウェアがCPUの暗号命令を悪用する挙動に着目し、暗号文をファイル書き込み前に検知するという独自の視点で、ランサムウェアを効果的に検出する機構を実現している点は非常に興味深い。また、提案手法はLinuxカーネル上に実装され、実際の攻撃に対する有効性と実用性を多角的に評価・確認している。以上のことから、本論文は、辻井重男セキュリティ論文特別賞にふさわしい。


3人目は、東京大学瀬戸 友暁さんです。
論文題目は、「Partial Key Exposure Attacks on UOV and Its Variants」で、古江 弘樹さん(NTT社会情報研究所)、高安 敦さん(東京大学/産業技術総合研究所)との共同執筆です。
瀬戸さん、特別賞受賞おめでとうございます!

瀬戸 友暁 さん
瀬戸 友暁 さん

【受賞コメント】
この度は大変栄誉ある賞をいただき、誠に光栄に存じます。共著者のみなさまに、また選出してくださった審査員のみなさまに感謝申し上げます。
本論文は、耐量子計算機署名の有力な標準化候補であるUOV, MAYO, QR-UOVに対して、秘密鍵の部分情報から鍵全体の復元を試みる部分鍵導出攻撃を初めて提案したものです。セキュアなポスト量子世界の実現に、本成果を通して少しでも貢献できたら嬉しく思います。

第10回辻井賞表彰状-瀬戸様

【審査講評】
本論文は、部分的な秘密鍵の漏洩に基づく攻撃手法について、UOVおよびその派生方式であるMAYOやQR-UOVを対象に解析し、新たな知見を与えている。著者らは、CRYPTO2022で提案されたpartial enumerationを精緻化し、二種類の列挙戦略を導入して計算量を詳細に解析している。その結果、ビネガー変数の数や有限体のサイズといった構造的要因が攻撃耐性に大きく影響することを明らかにし、特にMAYOに対してはエラー確率が高い場合でも有効な攻撃が成立することを示している。耐量子計算機暗号の設計において構造的脆弱性の検証は極めて重要であり、本研究はその方向性を具体的に示すものであり、貢献は大きい。以上のことから、本論文は、辻井重男セキュリティ論文特別賞にふさわしい。

優秀賞

「優秀賞」は2名です。受賞者には表彰状が贈呈されます。

1人目は、名古屋工業大学/日本電気株式会社中山 健太さんです。
論文題目は、「サイバーセキュリティ演習を用いたレジリエンス向上マネジメントシステムの構築」で、越島 一郎さん(名古屋工業大学)、渡辺 研司さん(名古屋工業大学)との共同執筆です。
中山さん、優秀賞受賞おめでとうございます!

中山 健太 さん
中山 健太 さん

【受賞コメント】
この度は栄誉ある賞を賜り、心より光栄に存じます。審査委員会および関係各位に深く感謝申し上げます。
本論文では、サイバーレジリエンス向上のため、机上演習を活用したマネジメントシステムを提案いたしました。従来の定性的な評価に留まっていた研究状況に対し、定量的かつ実践的な評価手法の確立に貢献できたと考えます。
今後は、本研究をさらに発展させ、その社会実装を通じて組織のレジリエンス向上に貢献して参る所存です。

第10回辻井賞表彰状-中山様

【審査講評】
本論文は、サイバーセキュリティ演習を用いて組織の情報レジリエンスを向上するマネジメントシステムとして、「セキュリティ成熟度の評価と改善を促進するフレームワーク」を提案している。セキュリティ演習の課題を明確化し、異なる事前学習を経た受講者グループに対して複数回の演習を実施したアンケート結果から評価を行なっており、その結果ITとOT両面の事前学習が有効であるなどの知見を明らかにしている。演習を通じて、組織の情報レジリエンスマネジメントという重要かつ難しい課題に挑戦し、サイバーセキュリティ演習の視座を高める重要な方法を提案した点は高く評価される。以上のことから、本論文は、辻井重男セキュリティ論文優秀賞受賞にふさわしいと判断した。


2人目は、産業技術総合研究所原 啓祐さんです。
論文題目は、「Generic transformation from broadcast encryption to round-optimal deniable ring authentication」で、松田 隆宏さん(産業技術総合研究所)、花岡 悟一郎さん(産業技術総合研究所)、田中 圭介さん(東京科学大学)との共同執筆です。
原さん、優秀賞受賞おめでとうございます!

原 啓祐 さん
原 啓祐 さん

【受賞コメント】
この度はこのような栄誉ある賞に選出していただき、大変光栄に思います。共著者の皆様や審査委員会の皆様に深くお礼申し上げます。
本研究では、“任意の”安全な放送型暗号から否認可能リング認証への一般的変換手法の提案を行いました。提案手法は(高効率な)放送型暗号の効率性を引き継げるため、既存研究と比べて、通信回数、通信量、計算量というあらゆる尺度において最も効率的な方式を得ることが可能となります。

第10回辻井賞表彰状-原様

【審査講評】
本論文では、2ラウンドで安全な否認可能なリング認証を実現する新たな一般的構成法を提案している。否認可能なリング認証とは、利用者が検証者に対し、自分がある利用者集合の一人であることのみを納得させつつ、同時に、検証者がその証拠を第三者に流出させることを防ぐ技術である。提案方式は、放送暗号を用いて2ラウンドかつ同時安全性(Concurrent security)を満足する一般的手法であり、たとえば、Agrawal-Yamada放送暗号を用いることで、効率性が利用者数(リングサイズ)に依存しない初めての方式を実現可能である。以上のことから、本論文は、辻井重男セキュリティ論文賞受賞にふさわしい。

受賞者の皆様、あらためておめでとうございます。今後のご活躍を期待いたします。
これにて、第10回「辻井重男セキュリティ論文賞」WEB表彰式を終了いたします。

第10回「辻井重男セキュリティ論文賞」委員一覧 ※アイウエオ順、敬称略

運営委員会
委員長:松浦 幹太(東京大学)
委 員:有⽥ 正剛(情報セキュリティ大学院大学)、稲葉 緑(情報セキュリティ大学院大学)、⾦岡 晃(東邦⼤学)、國廣 昇(筑波⼤学)、斎藤 泰⼀(東京電機⼤学)、白石 善明(神戸⼤学)、千⽥ 浩司(群⾺⼤学)、⻄垣 正勝(静岡⼤学)、花岡 悟一郎(産業技術総合研究所)、平⼭ 敏弘(情報経営イノベーション専⾨職⼤学)、三村 守(防衛大学校)

審査委員会
委員長:斎藤 泰⼀(東京電機⼤学)
委 員:有⽥ 正剛(情報セキュリティ大学院大学)、稲葉 緑(情報セキュリティ大学院大学)、⾦岡 晃(東邦⼤学)、國廣 昇(筑波⼤学)、白石 善明(神戸⼤学)、千⽥ 浩司(群⾺⼤学)、⼟井 洋(情報セキュリティ大学院大学)、⻄垣 正勝(静岡⼤学)、花岡 悟一郎(産業技術総合研究所)、林 卓也(株式会社Acompany)、平⼭ 敏弘(情報経営イノベーション専⾨職⼤学)、藤崎 英一郎(JAIST)、藤⽥ 亮(中央⼤学研究開発機構)、吉浦 裕 (電気通信⼤学)