2024年8月9日

第9回辻井重男セキュリティ論文賞審査委員会

 第9回「辻井重男セキュリティ論文賞」において、学術研究論文8件、実務課題論文2件 計10件のご応募をいただきました。
 14名の審査委員により1次審査及び2次審査にて厳正かつ慎重な審査を重ねた結果、最終的に辻井重男セキュリティ論文賞大賞1件、同特別賞3件、さらに同優秀賞2件を選定いたしました。
 受賞者は下記の通りです(応募時の情報にて記載)。表彰式は準備が整い次第WEB形式にて執り行う予定です。
 賞に選ばれた皆さま、誠におめでとうございます。

■辻井重男セキュリティ論文賞 大賞1件

論文題目「3-Party Secure Computation for RAMs: Optimal and Concretely Efficient」

主筆者:  市川 敦謙 (NTT社会情報研究所)
共同執筆者:Ilan Komargodski (NTT Research/Hebrew University of Jerusalem)
      濱田 浩気 (NTT社会情報研究所)
      菊池 亮 (NTT社会情報研究所)
      五十嵐 大 (NTT社会情報研究所)
講 評:
 本論文では、コンピュータが使用するRAM(Random Access Memory)を記録情報やアクセス情報を秘匿しつつ利用できるOblivious RAM (ORAM)に関して、従来よりも優れた手法を提案している。提案手法は、3パーティのsemi-honest分散計算モデルにおいて、サイズNの論理メモリと各論理演算のORAMを漸近的に最適となるO(log N)のローカル計算ステップで実現した。具体的には、従来手法よりも25倍以上高速であることが示されている。また、より厳しい安全性モデルであるactive securityを満たす手法も提案している。近年データを秘匿しつつ各種計算が可能な秘密計算技術が注目されているが、通常の計算と比べ処理時間の著しい増加が実用上の課題となっており、ORAMと効果的に組み合わせることで実用範囲での秘密計算による処理の拡大が期待される。以上のことから、本論文は、辻井重男セキュリティ論文賞受賞にふさわしい。

■辻井重男セキュリティ論文賞 特別賞3件(順不同)

論文題目「SEDMA: Self-Distillation with Model Aggregation for Membership Privacy」

主筆者:  中井 綱人 (三菱電機株式会社)
共同執筆者:Ye Wang (Mitsubishi Electric Research Laboratories)
      吉田 康太 (立命館大学)
      藤野 毅 (立命館大学)
講 評:
 本論文は、AIセキュリティ&プライバシーの研究分野において近年大きな技術課題と認識されているメンバーシップ推論攻撃(MIA)に対して、従来よりも優れたMIA防御手法SEDMAを提案している。MIAは機械学習モデルの訓練に使う個人のデータを訓練済みモデルから不正に取得する攻撃の一種であり、プライバシーの問題から実用上も対策は不可欠と言える。SEDMAは、分割した学習データ毎にモデルを訓練し、それらを効果的に集約することで、安全性、モデルの精度、計算コストのバランスに優れた手法を実現しており、今後の実用化が期待される。また様々なデータ、既存手法、評価項目で実験を行い、SEDMAの優位性を実証している点も高く評価できる。以上のことから、本論文は、辻井重男セキュリティ論文賞受賞にふさわしい。

論文題目「On the Untapped Potential of the Quantum FLT-based Inversion」

主筆者:  田口 廉 (東京大学大学院情報理工学系研究科数理情報学専攻)
共同執筆者:高安 敦 (東京大学大学院情報理工学系研究科数理情報学専攻)
講 評:
 本論文は、バイナリ楕円曲線上の離散対数問題を解くShorのアルゴリズムのリソース削減に成功している。量子計算機に対する現代暗号の安全性評価は、耐量子計算機暗号への移行を考える上で重要であり、この研究の貢献は大きい。著者らが提案したFLTベースの逆元計算を用いた方式を改良することにより、量子ビット数の削減を実現している。提案回路は、GCDベースの逆元計算に基づく方式よりも量子ビット数は若干多いものの、Toffoliゲートの個数や深さが少ないという望ましい特徴を持つ。そのため、提案した量子回路はShorのアルゴリズムの実装における有力な候補となる。以上のことから、本論文は、辻井重男セキュリティ論文特別賞にふさわしい。

論文題目「自動車におけるログ分析フレームワークの提案」

主筆者:  笹 晋也 (株式会社日立製作所)
共同執筆者:井手口 恒太 (株式会社日立製作所)
      山口 隆 (日立Astemo株式会社)
講 評:
 セキュリティ人材不足や人材の経験不足によるログ分析結果のばらつきは、多くの業界に共通する問題である。このような問題の改善策として、著者らはログ分析のフレームワークに注目し、自動車を例としたフレームワークを設計・評価した。このフレームワークは論文内で詳細に説明され、利用希望者の期待に応えるものと推察された。本論文は自動車以外の業界も含め、実社会に大きく貢献し得るものであり、辻井賞受賞論文にふさわしいと判断された。

■辻井重男セキュリティ論文賞 優秀賞2件(順不同)

論文題目「A Sealed-bid Auction with Fund Binding: Preventing Maximum Bidding Price Leakage」

主筆者:  陳 浩太 (筑波大学)
共同執筆者:江村 恵太 (金沢大学)
      佐藤 慎悟 (横浜国立大学)
      面 和成 (筑波大学)
講 評:
 TLS通信で取得したデータの正当性を第3者に証明可能なプロトコルであるDECOを用いて、入札額相当の資金が存在することをスマートコントラクトに対して証明するアイデアは非常に斬新である。本手法はEthereum以外のブロックチェーンで利用できないという大きな制約があるが、オークションでの落札時に資金が強制的に引き出される機能を十分に実装可能な方式が提案されておりその有用性は高く評価される。以上の理由から辻井重男セキュリティ論文賞にふさわしい内容であると判断した。

論文題目「Identity-based Matchmaking Encryption Secure against Key Generation Center」

主筆者:  知久 奏斗 (横浜国立大学)
共同執筆者:原 啓祐 (産業技術総合研究所 /横浜国立大学)
      四方 順司 (横浜国立大学)
講 評:
 IDベース暗号方式の安全性に関する重要な問題である鍵供託問題を解決するための新たな手法を提案し、IDベースマッチメーキング暗号という新しい暗号方式に応用した論文である。鍵供託問題を解決するための新たなモデルを提案し、その具体的な構成と実装を提示している点を評価した。本論文は、異なる組織に属するユーザー間での安全な通信の実現に貢献する重要な成果であり、今後の応用が期待できる。

第9回「辻井重男セキュリティ論文賞」委員一覧 ※アイウエオ順、敬称略

運営委員会
委員長:松浦 幹太(東京大学)
委 員:有⽥ 正剛(情報セキュリティ大学院大学)、伊⾖ 哲也(富⼠通)、稲葉 緑(情報セキュリティ大学院大学)、⾦岡 晃(東邦⼤学)、唐沢 勇輔(Japan Digital Design)、國廣 昇(筑波⼤学)、須賀 祐治(インターネットイニシアティブ)、千⽥ 浩司(群⾺⼤学)、⻄垣 正勝(静岡⼤学)、平⼭ 敏弘(情報経営イノベーション専⾨職⼤学)、山本 匠(三菱電機)

審査委員会
委員長:山本 匠(三菱電機)
委 員:有⽥ 正剛(情報セキュリティ大学院大学)、伊⾖ 哲也(富⼠通)、稲葉 緑(情報セキュリティ大学院大学)、⾦岡 晃(東邦⼤学)、唐沢 勇輔(Japan Digital Design)、國廣 昇(筑波⼤学)、斎藤 泰⼀(東京電機⼤学)、須賀 祐治(インターネットイニシアティブ)、千⽥ 浩司(群⾺⼤学)、⼟井 洋(情報セキュリティ大学院大学)、⻄垣 正勝(静岡⼤学)、平⼭ 敏弘(情報経営イノベーション専⾨職⼤学)、藤⽥ 亮(中央⼤学研究開発機構)、吉浦 裕 (電気通信⼤学)

以上